ゆっくりやさしい毎日

体の弱い自分とのんびり向き合っています。楽しみを持って、小さな幸せを大事にしたいと思っています。

夢中と必死。

今日の我が家の一日は、一時間早く始まりました。






主人が今日は早く出勤するので、夫婦揃って久し振りの早起きでした。






主人を見送る時に、今朝は涙が出てしまいました。






主人の背中を見たら、何故だか涙が出てしまって。






行ってきますと手を振る主人に、涙が止まりませんでした。






私は、大事なものを忘れかけていたように思いました。






ここのところ自分を支える為に、前向きになれるように色んなことを始めて、それに夢中になっていると自分では思っていました。






今朝の涙で、夢中なのではなくて、必死だったのだと思いました。






今は人と関われないから、どうしたら関われるのだろうと試行錯誤していましたが、誰かと話したいという自分の欲求を満たすことが出来ていませんでした。






その自分の欲求を満たす為に、毎日必死になっていたのだと気付きました。






何かに必死になることで、埋められるものだと思っていた私。





周りのことが気になってしまう私。





孤独を感じてしまう私。







あまりいい方向に、自分の心が向いていないように思います。
 

 



今の環境では、ネットで人と繋がることが一番の近道なのかも知れません。






他愛もない話が出来るお友達が、一人でもいいから欲しい。






心のどこかに、必ずこの気持ちがあって、その気持ちが強く出てしまう時があります。






新しく始めてみたことを、まずは継続していくことが大切なのかな。






そこから新しい世界が広がっていきますように。

今の私の気持ち。ブログは成長記録。

人は、少しずつ変わっていくもの。






年齢も顔つきも、考え方も環境も、少しずつ変わっていくもの。






生きていくっていうことは、変わり続けていくことなのだと思います。






今、世の中が変わり、生活様式が変わり、環境も変わりました。






人は変化に敏感ですが、少しずつ慣れてしまうのも人間なのかなと思います。






私は、このブログを書くことで、自分が変わっていくのを感じています。






このブログは、自分を見つめられる場所であり、本音を言える場所であり、自分を出せる場所でもあります。






唯一、私のペースで進んでいる場所。







私の心が生かされている場所だと思っています。






ずっと抱えていた誰にも言えなかったことを、ここでは話せるようになり、一歩前進出来ました。






この一歩が、私の中ではとても大きなことで、もっと自分がコンプレックスに感じていたことや、思っていたことをどんどん出していってもいいんじゃないのかなと思うようになりました。







自分の中では、何十年間と毎日抱え続けていたとても大きな問題なのです。






でも、誰かにしてみたら『そうだったんだね。』で終わるのです。







一人で抱え込んでいるから、とても大きなどうすることも出来ない位の大きな問題になっているだけであって、誰かに話すだけで風船のように小さくなってしまうことに気付きました。







細かいことを言ってしまえば、『誰に話すか』ということが大事なのですが‥。






でも誰かに聞いてもらえるだけで、自分の外に思いを出すことで、全身でなんとか受け止めていた重さが、全身で受け止めなくても大丈夫な位に軽くなるんですよね。







本当に不思議です。







このブログには、前向きになることばかり書いていません。






後ろ向きなことや、自分との葛藤を沢山書いています。






このブログに目を止めて見て下さった方、いつも見て下さる方には、本当に感謝しています。






有難うございます。







ここまで変わってこれたのだから、もうブログの力を借りなくてもいいのかなとか、ここのところモヤモヤと悩んでいました。






でもここまで続けてきたものだし、ブログも私もきっと変わり続けていくのだろうと思っています。






今までは、体の弱い自分と向き合うこと、過去の自分と向き合うことが多かったように思います。






これからは、『自分に優しい自分になること』を目標に、生活していけたらいいなと思っています。






これが私にとって一番難しいことなのですが、ここを変えることで全ての悩みが解決出来てしまうように思います。






きっとこのブログは、私の成長ブログなのかも知れません。







成長記録。笑。







世の中も変わったのだから、私も今の世の中で生きていけるような私に、少しずつでも変わっていかないと。







これが今の私の気持ちです。

私にとっての頑張ることよりも大事なこと。

努力は報われると思う人と、思わない人がいます。






昔の私は、報われると思っていました。






努力した分だけ、必ず結果が出ると。






でも、私の人生の中で、努力して報われたことって‥






高校受験だけです。







高校受験から約二十年、それから色んなことを努力しても、その努力が実らないなんて‥頑張り屋の私は沢山挫けました。







今も挫けています。






頑張ってしまう人っていうのは、頑張ることが当たり前で普通になっているんですよね。






普通な筈なのに、エネルギーが切れるとぐったりしてしまうのだから、『頑張り過ぎ・力の入れ過ぎ』なのです。






私は、ぐったりするまでわかりません💧。






頑張っても努力って報われないじゃんって、私は思ってしまうんですよね。






努力しなくても、出来てしまう人もいるから。






でも努力をしているから、結果を出している人もいるんですよね。







これが私を悩ませます‥。






努力をするということを除いて考えてみると、『タイミング』『ご縁』『運』があるのかなって思います。






上手くいかない時には、『タイミングが今ではないのかな』と思うようにしています。






自分の力だけではどうにもならないことは、『ご縁だから‥』『運だから‥』と思うように。






『努力』『タイミング』『ご縁』『運』の他には、『体調』もあるのかも知れない。






私の中で『努力』というのは、『自分に厳しくすること』だと思っていて。






でも最近は、自分に厳し過ぎるから、上手くいかないのではないかと思うようになりました。






厳しい環境の方が進んでいける人もいれば、厳し過ぎることで力を発揮出来ない人もいるのかなって。






例えばダイエットも、ストイックな人もいれば、ゆるくやっていく人もいます。






私は厳し過ぎてしまうと、自分に余裕がなくなってしまい、心のモチベーションが続かないのかも知れません。






やさしい中にいると、のんびりやっていけるのかも知れない。






私って、本来そうなのかも。






幼い頃、ピアノを辞めたくなった時は、ピアノの先生が怖かったから。






でも高校に入学して、門下生になった時には、先生が穏やかで優しさで溢れた方で、ピアノと向き合おうと思えた。






私は昔、自分のことを負けず嫌いだと思っていました。





でも競争は苦手だし、『勝つって何?』って思っていたけど‥






『自分に負けないこと』と厳しく育てられたので‥






自分が思い通りに行動しないことに腹を立てたり、自分に対してイライラすることが多かったです。







私は『自分に負けない』という言葉が、あまり好きではありません。






私は、『負けない』という言葉が好きではないんだと思う。







『勝ち負け』ではないよね。






私は、勝負が好きではないから。






自分に対して勝負するのではなくて、『自分が自分を見守ってあげること』を、私は大事にしたいです。






『努力』っていうのは、『継続すること』だと私は思います。






力み過ぎたり、緊張し過ぎたり、自分以上の力で頑張ると、続けていけません。






緩さがないと続けていけません。






ストイックな人も、どこかで力を抜いているのかも知れません。






でも私は、何かを努力しようとすると、全てに力を入れてしまうから、なかなか上手くいかない。






頑張ろうとすると、あまりやる気が出ない‥。






昨日おうちで一日ゆっくり過ごしていたら、気持ちが楽になりました。






私は頑張ることよりも、動ける体があったり、不調の日が少なかったり、好きなものをゆっくり食べたり飲んだり、ぐっすり夜眠れたり、綺麗な景色を見たりしている時が幸せ。







頑張ることよりも、幸せを感じることの方が今の私には大事なのだと思いました。






努力で自分を満たすよりも、幸せを感じて自分を満たす方が、何倍もがんばれる。






楽しいからやりたいと思う。


面白いからやってみようと思う。


達成感があるからやめられない。


知らぬ間に夢中になってしまう。


気分転換になるからやりたいなと思う。


幸せを感じるからやりたいと思う。







これが頑張ること以上に、私を満たしてくれるのだと思います。

摂食障害を経験して②

ここのところ、ブログに私自身のことを沢山書かせてもらっています。






本当は、書こうか悩む内容でしたが、自分を一歩前進させる為、同じ思いで悩んでいる方の力になれたらと思い、思い切って書いてみました。






褒められる努力をしているなんて、普段の生活上では言えません。






拒食症のことも、誰にも言えません。






でも、ブログだからこそ言えてしまったのかなと思っています。






昨日は、病院の日でした。






少しずつ、自分の体に力がついてきたことを実感しています。







そしてお医者様に『どんどん元気になるよ😊』と言葉の魔法も頂きました。







先生に会うだけで、安心感と元気になってしまうんですよね。






元気になる為には、まだゼロにはなっていない摂食障害のことがあります。






今は食べたいものを食べていますが、体重計を気にしないようになったかと言ったら、それはまだです。






でも健康管理の為に、気にしている位ならいいかなと思うようにしていますが、昨晩主人に話をしました。






自分が摂食障害だったことを話すと、主人はうんうんと聞いてくれました。






主人に言おうか悩みましたが、主人にはいつか、このことを聞いてもらいたかったのです。






そして、私の目標を話しました。






今、少しずつ体が動くようになって、出来ることも増えて、そしたらやりたいことも増えました。






でも時々体重計の数字を気にする私もいて‥でも、この考えを変えていきたくて。







小さなことからだけど、筋トレで筋肉をつけながら、自分が納得のいく体型を維持しながら、健康的な食事や筋肉がつく食事を意識して、新しい自分を作っていきたいと話しました。







私が動けるようになって、主人を助けてあげられる機会が増えました。






以前は、沢山助けてもらっていて申し訳ない気持ちでいっぱいでしたが、今はその恩返しを始められたかなと思っています。







動けるってすごいことで、でもこれが普通のことで。






でもその普通のことが私には出来なかった。







だから、動くことの出来る体の有り難さと大切さを今実感しています。







私が動けると、皆が笑顔なんです。





皆が喜んでくれるんです。






そして助けてもらった分、私が助けることが出来るようになりました。







まだまだ無理の出来ない体ではありますが、出来ることを増やして、充実した毎日を過ごしていけたらと思っています。

摂食障害を経験して①

私は、高校入学と共に拒食症を経験しました。






高校入学までは、体型もしっかりしていて、着られる洋服がなくなってしまう位でした。





高校に入学して寮生活を送る中で、周りに綺麗な先輩ばかりがいる環境に刺激を受けました。






私も先輩のように綺麗になりたいと思ったのと同時に、食生活や生活環境の変化がストレスとなり、食欲不振になってしまいました。






少しずつ体重も落ち始め、痩せたことで褒められるようになりました。






今までの人生で『細いね。スタイルがいいね。』と言われたことがなかったので、言われたことが嬉しくて、それがキッカケだったのだと思います。






細いと褒めてもらえる。

細いと認めてもらえる。


と思ってしまいました。







その後の私は、ダイエットにはまっていきました。






十代後半の頃は、飲み物だけで過ごしていた日もありました。






体重が減らないと、イライラして、痩せないこと、ダイエット自体がストレスになって、過食を繰り返しました。







自分をコントロール出来なくて辛かったですね。






でも当時は、痩せていたい気持ちが強かったのです。






今とは違って、当時は細い人が綺麗で可愛いと言われていた時代だったのかな。






そんな食生活をずっと‥繰り返していたように思います。






でも、主人と出会ってから、少しずつ自分に変化が出てきました。






主人は、私の体型に対して何も言わない人でした。






それが安心感のような、心の落ち着きになっていったように思います。






それでも体重計に乗っては、落ち込んだり過食と拒食を繰り返していましたが、そんな私を認められるような、昔の私より遥かに気持ちが穏やかになっていました。







三十歳を過ぎて、結婚式のドレス合わせをする時に、担当の方に言われた一言が心に残っています。







ドレスを合わせる際に、サイズを測ります。






その時に、担当の方に言われたサイズが少し大きかったので、え!?と思ってしまいました。
(細くないと嫌だと言う気持ちが強かった。)







『私って、そのサイズなんですか?』と聞くと、

『りーりさんは細いですが、身長がある方は元々の骨格がしっかりしているので、身長のある方は皆さん大きいんですよ。』と言われました。







どんなに頑張ってダイエットしたとしても、理想の人と同じ体型になれなかったのはそういうことだったのかと思いました。






若い時は、体は耐えてくれるもの。







でも三十代になると、体と心のバランスが少しずつ難しくなって、体の健康が一番なことに気付きます。






無理も少しずつ出来なくなっていきます。






何よりも、たった何百グラム増えているだけでも、その日一日落ち込んで食べることばかり考えていた私。






食べたいものが食べられなくてイライラしていた私。






誰かに『少しふっくらした?』と言われただけで、何にも食べなくなる私。






体型に体重に振り回される私は、疲れきっていました。






体型っていうのは‥健康を維持する為の目安でもあり、自分の心を守ってくれるものだと私は思っています。






食べないダイエットで痩せると、イライラが止まりません。







ダイエットのことばかり考えて、食べることしか考えられなくなって、食事をしてもまたイライラするの繰り返しです。






今の私が思うことですが、ちょっとしたことがきっかけで、ダイエットにはまってしまうのかなと思います。 






今は、『動ける体』と『心を支えられる体』でいられることを大事にしています。







食事が摂れることは、本当に有り難いことで、健康な証拠であって。







でも食べられる体であるのに、過度なダイエットをしてしまうことで、心と体のバランスが崩れてしまう。







太れるということも健康な証です。







食べたり飲んだりして、体重が増えるのは当たり前のことです。







でもその当たり前のこと、人の体に備わった機能を否定することしか、私には出来ませんでした。






自分の長所っていうのは、見た目だけではなく、内面にあるものだと私は思っています。






だから体重ばかりにとらわれてしまうよりも、内面を磨いていった方が綺麗になっていくように思います。






私は今、当時の私よりも痩せています。







自分の体で経験しましたが、痩せ過ぎても着こなせる洋服がないんですよね。







何を着ても、うーん‥という感じ。







今痩せてしまったのは、拒食症でもなんでもなく、持病と色んなものが重なった結果ですが、今ハツラツと笑顔で動き回っている女性を見ると、今の私にはそんな女性が輝いて見えます。







動ける体力と、体力があるから笑顔になれる余裕があって、色んなことに挑戦出来る力があること。







食欲があることは、本当にいいことだし、太ってしまうということも、体が機能している証です。







私の経験を少し書いてみました。

やさしさも自分から。

私は、やさしい中にいたい。






だから、自分がやさしく在りたい。






ホッとするような、気が緩んでしまいそうな、目を閉じると寝てしまいそうな空気感。







時間をゆったりと感じたい。






やさしいのが一番いいよね。






オーバーかも知れないけど、自分がやさしい気持ちでいられないことなら、趣味であっても続ける必要はないと思う。






もう十分、自分に厳しくしてきたのだから、やさしい気持ちで何事もやっていこうよ。






すぐってすぐ、変わることは難しいけど‥






やさしい気持ちでいること。







私がやさしさで周りを包んでいこう。

本音、本心を大事にすること。

過去の自分と今の自分と向き合うようになって、少しずつ前に進めているように思います。






過去を振り返らない方がいいのはわかっていて。






でも、前に進む為には、自分を理解することが必要で。






泣いたり、悩んだり沢山したけど、何を改善したらよいのかが、少しずつわかってきただけでも進歩かなと思っています。







生活様式が変わって、私は物凄いストレスを感じるようになってしまい、ストレスを感じるのも私自身の受け止め方なのだと考えるようになったのがきっかけで、自分を見つめ直すようになりました。







生活様式が変わったから、環境が変わったから、私は生きづらいのではなくて、元々生きづらかったのです。






その生きづらさを、今回を機に大きく感じるようになっただけなのです。






結局というか‥昔からストレスを抱えやすい環境で、ストレスを抱えていることが当たり前になってしまっていたから、自分でストレスを抱え込もうとネガティブなものを探してしまうようになったのかも知れない。






ネガティブでいること、幸せを感じないようにすることで、私はきっと自分を守っていたのかも知れない。






いつも何かが心の中にあって、楽しんではいけないと思っていて、何かに縛られていて、窮屈だったのだと思う。






そんな私なのに『悩みがなさそうだよね』とか『いつも元気だね』と同級生や職場の人によく言われていた。







私は、それだけ気丈に振る舞っていたんだと思う。







コンプレックスを隠すように、いつも明るくいるようにした。






自分の知られたくない部分があったのだと思う。






だから、一人になれた時は無表情で、無気力で、何にもしたくなくなっていた。






でも、結婚生活を始めて、そんな私を続けることが出来ませんでした。






結婚生活を始めた頃は、主人にも沢山気を使って、主人の顔色を気にしていました。






でもそれが長く続くことはなく、主人に少しずつ‥これから一緒にいる人ならと怖かったけれど、自分が悩んでいることや抱えていることを話すようになりました。






主人は、いつも真剣に話を聞いてくれて、『頑張らなくていいよ』と言ってくれます。






そして、私が何かをする度に『すごいね』『出来たね』と褒めて認めてくれる。






今まで言われたことのない優しい言葉を、主人は私に沢山かけてくれるのです。






無条件に私を見てくれるのです。






それが私は言葉にならない位、嬉しくて。






その主人の優しい言葉に囲まれて生活をしていく度に、私の心が少しずつ柔らかくなってきたのを感じています。






今までずっと誰にも言えずにいた傷を、勇気を出して話したことで、わかってくれる人がいるということ。






主人は、私と違って、否定もしないし、責めません。






自分に対しても、そうなのだと思います。






私は初めてそんな人と出会ったから、学ぶことも気付かせれることも多くて、主人のような人間になっていきたいと思うようになりました。







否定されたり、認めてもらえないと、人は否定すること、認めないことで自分を守ろうとするように思います。







私がそうです。







否定したり、不満を持つことで、沢山ストレスを抱えやすくなります。






でもそうしないと、心のバランスが取れないんですよね‥。






こんな生き方もあったんだ、受け入れるってこういうことなんだって、主人に教わっています。







批判や不満を抱かないようになると、ストレスが減るように思います。







自分で自分のことを否定したり、責めてばかりきたけど、よくないことをしてきてしまったと反省しています。







読者の方がコメントで『人は、そこにいるだけで100点満点』と仰って下さいました。






なんだか力が抜けるような、このままでいいんだ、特別なことをしなくてもいいんだと思えました。






有難うございます。







一日一日、少しずつでも考え方や行動を改善していくことで、半年後一年後には、大きく変われているように思います。







もう褒められる努力や、自分を犠牲にする努力はもう終わり。






自分のやりたいように、自分が楽しいと思える毎日になるように、気楽に力を抜いて、自分でいられることを楽しんでいきたいと思います。







本音、本心を一番大事にすることが、自分を大事にすることに繋がっていくと思います。